一人暮らしとホームシックと期待に膨らむ

一人暮らしがスタートしました。 実家から、とりあえずの少ない荷物だけを運ぶ引越しサービスを利用して、引越しが始まりました。 一人分の少ない荷物ということもあり、短時間で引越し作業は終わりました。

1DKの部屋にダンボールが6つと組み立て式のベットが殺風景にみえましたが、 これからの生活を考えるとわくわくしていました。 それからは一人での解き作業です。 何時間かたった頃すっかりあたりは暗くなっていましたが、 何とか荷物も解き終わり、私は近くのスーパーに買い物に出かけました。一人で買い物をすることすら慣れていない、これからは洗濯も掃除も炊事も全て私一人にかかっていると思うと、 寂しいと思う反面がんばらなければと気合を入れていました。

一人での買い物を済ませて家に帰ったら、真新しい部屋のにおいに新鮮さを覚えました。 これから始まる何かを想像しながら、キッチンに立ち道具も揃っていないので 今日は即席ラーメンとさっきスーパーで買ったお惣菜をお皿に盛って一人の夕食です。 明日はもう少し足を伸ばして、生活に必要なものを少しおしゃれなものをそろえに行こうと、 思いながら夕食を済ませ床につきました。一日目ということもあり、いつもはすぐに眠れる私でしたが少し寝つきが悪く、 何時間かした後夢の中にはいることができました。

次の日、電車を乗り継いで少し都会までやってきてお買い物を済ませ、 まだ学生生活も始まっていないのに、すっかり大人の女性になった気分でした。 そんな充実した日々も何日か過ぎた時、ふと一人でいることに寂しさを覚えたのが、 毎日同じことの繰り返しをしている自分に気がついた時です。

いつも家に帰ると母がお帰りといって、玄関のドアは鍵すらかかっていなかった事や、 時間になると夕飯が待っていてくれた事や、お布団の用意がしてあったこと。 一人暮らしをはじめてはじめてわかった、親のありがたみでした。 これがホームシックというものでしょうか。 なんだか、実家に帰りたくてたまらなくなりましたが、 そんな簡単に帰れる距離でもなく、母の声を聞きたくて電話をしました。

母は心配した声で何かあったのかと聞き、事情を聞くと慰めてくれました。 明日からも自分のできる範囲でがんばりなさい。 その言葉が少し冷たくも聞こえましたが、ほっとしたのも事実でした。 3ヶ月が過ぎた頃、やっと一人暮らしの生活にもなれて、自分のリズムもつかんできました。 楽しい学生生活にも慣れ始め、これから起こる可能性に夢が膨らんでいた、私の大学一年生の春でした。

江古田での自由な一人暮らし

今から14年ほど前、東京都練馬区の江古田で8年ほど一人暮らしをしていました。

実家の両親は厳格な人でなかなか一人暮らしを許してくれませんでしたが、
専門学校に通うことを理由に部屋を勝手に決め、事後承諾という形で上京しました。

初めての一人暮らしは家賃2万8千円の女性専用、風呂なしトイレ共同で、
不動産屋も厳密に築何年かわからないほど古いアパートでしたが、
恐らく戦前に建てられたらしいとのことでした。

6畳1間と押入れ、水道とガス台だけがある質素な部屋でしたが、
早く親もとから離れたい一心での一人暮らしだったので、初めて部屋に入ったときは、
ここが自分だけの城になると思い、とても嬉しく感じました。

もともと料理は苦手なので自炊もしませんでしたが、江古田には大学が3つもあり、
安くておいしい定食屋や居酒屋、スーパー、100円均一のお店などが充実していて、
とても便利でした。

昔から江古田にいる地元の人たちがやっている家具の中古店やパン屋などがあり、
引っ越したときの家具は全て江古田で揃えました。

また、帰りが遅くなったときも、江古田には遅くまで飲んでいる若い人たちが
夜でもたくさんいるので、誰もいない夜道をこわごわ歩くということもあまりありませんでした。

アパートの近くには銭湯が2軒あり、代わる代わる毎日通っていました。

私と同じ風呂なしアパートに住んでいる一人暮らし仲間と出くわすこともあり、
一緒にお風呂に入ったのも楽しい思い出です。

当時アルバイト先は池袋だったのですが、江古田から池袋は自転車で30分くらいで
行くことができるので、一人暮らしの身としては節約にもなるし、いい運動でした。

結婚の為、引越しした時のこと

当時付き合っていた彼氏と結婚することになり、それを機にマンションに引っ越すことになりました。 私は当時、木造アパートの1階に住んでいました。引越し先のマンションは4階でしたが、大きなエレベーターが付いていたので、そのエレベーターで全て運ぶことができました。 とりあえず、新しい家具は後から少しずつ揃えることにして、お互いの家具を持ってくることになったのですが、私の方の家具をとりあえずメインに持っていくことになりました。彼氏の方は自分のタンスと電話機などの小物だけです。

それで、私は赤帽を頼むことにしました。 料金も安いですし、全て1人暮らし用の家具だったので、軽トラックで十分だと思ったからです。荷物はタンスが2個と小さい冷蔵庫、食器棚、洗濯機、テレビ、ローボード、ダンボール数個等です。 電話帳で探すと、赤帽の会社の名前が沢山出てきました。一番近い、近所の赤帽に頼みました。きっと自分の家で個人自営をする赤帽で働く沢山の人達は、組合か何かに入っていて、個人個人が赤帽の代行をしている感じなのでしょうね。

引越し当日は彼氏も手伝いに来てくれたので、私はとっても楽でした。私も勿論少しは手伝いましたが、荷物運びよりその後の掃除に力を入れましたね。それでも引越し先が車で30分くらいかかったことと、エレベーターで4階まで運ぶという手間があったので、1時間では終わらなかったです。 全ての作業が終わって、料金を支払いました。金額は10000円以下でした。1万円を切るのは魅力的な金額ですよね。